2009年8月6日
volume.21


伊予の国にて夏目漱石の世界に浸る

     山田 宣夫 
  YAMADA NORIO


 「マドンナ」を見つけた。残念ながら個人的な話ではない。仕事の途中、松山で半日ほど自由な時間を得られた。松山城の登り口で観光客と一緒に写真に納まっていたのだ。隣の青年は「坊ちゃん」なのだろうが、何故か黒ぶちの眼鏡をかけていた。また、道後温泉の駅前でも二人を見かけた。こちらもにこやかに写真を撮らせていた。きっと観光名所のいたるところに二人は出没しているのだろう。カラクリ時計も動き出しそこでもマドンナが歓迎してくれた。賛否両論あるだろうが、街全体でイメージを共有することで非日常の世界を演出する手法は面白いと思う。一層のこと「赤シャツ」や「ヤマアラシ」「うらなり」も登場させればいいのにと考えた。良く知る小説の世界の一員として引き込まれていく快感は格別だ。

 「松山へ行かれたら、是非松山城と道後温泉に寄ってきてください」とマーケティングの理論と実践の第一人者である篠原先生に紹介されていたので、まずは、松山城へ路面電車で向かう。この路面電車がまた懐かしさを感じさせ、それだけで酔わせてくれる。時間があれば歩きたいところであったが、今回はリフトを利用して天守閣まで登る。初めての景色なのだが、四方を見渡せる上に海を臨むことのできる城郭というのは経験がなく、心動かされる瞬間であった。小天守閣やいくつかの門は火災などの焼失から再建されたと解説にあったが、全く違和感はなく歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気を堪能した。

 汗を流しに道後温泉へと向かった。道後温泉本館は歴史ある由緒正しき温泉だ。歴史に彩られた湯船に浸かっていると自身の昔が思い出され、時間と場所の感覚が麻痺していく。こんな所が「千と千尋の神隠し」のモチーフにインスピレーションを与えた理由かと考えながら至福の時間を過ごした。昭和天皇が使用した「又新殿(ゆうしんでん)」を拝見した後、「坊ちゃんの間」と呼ばれる夏目漱石にゆかりの部屋も案内してもらった。そこには、漱石晩年の座右の銘である「則天去私」が解説されており、思う所大いにあった。

 「小さな私を去って、自然に委ねて生きること」つまり自我を捨てて天命に従うことを表したであろうこの言葉は、若い時には得られない実感を伴って心を打つ。思えば漱石も松山、熊本と教師生活を送るなかで、正岡子規をはじめとした多くの友人と親交を持ちながら己の才能を発揮していった。胃痛持ちであったと伝えられる明治の巨人も、人に言えない悩みを持ちつつ文学に向かったと思えば、少しは自らの慰めにもなろうというものである。もちろん、大文学者の足元に及びようもないが、人生を折り返した身としては少しでもその境地に近付きたいと真剣に思ったひと時であった。

 この後松山から、予讃線、予土線、中村・宿毛線を乗り継いで中村への長い一人旅が始まるのだが、その件については次回お話しようと思う。

                                  (続く)