
2009年9月18日
volume.27
友と、友愛
山田 宣夫 ![]() YAMADA NORIO |
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| 長岡に住む友人からやや厚めの封筒が届いた。写真ニ十数枚と手紙、今年6月に長岡から米沢を旅した時の記念だ。手元に届くのにやや間があったことで、改めて三カ月前の旅情を振り返る機会を得た。その後の慌ただしさを思うと旧友とのぶらり旅が本当に贅沢に思われる。 6月の中旬の話なのだが、沼田、湯沢、塩沢、小千谷、燕、三条、長岡と商工会議所の方々にご挨拶をさせていただいた。その際、10年以上会うことのできなかった学生時代の友人が長岡で暮らしていることを思い出し、古川社長にご無理を申しあげて私だけ彼の地で別行動を許していただいた。家庭を持ちそれぞれの生活があると、出身地以外の地方に赴任した友人との付き合いは疎遠になるものだ。彼との付き合いは学生時代だけでなく、社会人になってからも演劇活動という濃厚な交わりを続けていた。再三の花火大会やスキーのお誘いにも乗れなかったのだが、今回ばかりは「素通りはまかりならん」という天の声に従ってご対面ということになった。 会ってみると何ということはない、20年前の世界に一気に戻っていく。不思議なものだ。途中岩室温泉で一泊しながら、長岡、弥彦、新発田、とめぐりJR坂町駅まで送ってもらう行程で十数年の不義理を取り戻す旅となった。特に一晩ゆっくりと語り合えたのは何よりも得難い時間となった。 岩室温泉は直江兼続の弟である大国実頼が治めていた土地で、弥彦神社にも近く静謐な中にも神秘的な土地柄が歴史の重みを感じさせる温泉地であった。今年のテーマとして「絆」を語る上で、大河ドラマ「天地人」も引き合いに出してきた。「絆」の主役は兼続と上杉景勝だが、その他の登場人物には何を当てはめていけばよいのだろうか。ドラマはいよいよ天下分け目の合戦関ヶ原を迎えているが、石田三成との関係で良く語られているのが「義」であろう。 「義」とは、広辞苑にはいくつかの説明がなされているが、一般的な意味としては「人として行うべき道」ということで良いのだろうか。説明されるとごく当たり前のことのようで重みがないが、ドラマの中とはいえ三成と兼続が深刻に語り合っていると「義」とはもの凄い重厚な響きに感じるから不思議だ。もちろん、この一字に込められた思想や哲学が命のやり取りに発展していくのだから、現代人が軽々しく口にできるわけもない。 そして二人の「友愛」。「友人に対する情愛」を示す言葉だが、兄弟の愛情も表すらしい。鳩山総理大臣も良く口にするが、まさか邦夫氏との親密ぶりを表現していたわけではあるまい。生きるもの全てを友として解釈するのであれば、壮大な思想であるが、これを「絆」で縛ろうとすれば、勘違いをする人間も出てくる。「友愛」とは、温泉につかりながら酒を酌み交わすくらいが程良いと私は思っている。(笑) 今年もあと二か月で"義の国"「越後」に冬が訪れる。その前に、友ともう一度その友愛なるひと時を持ちたいものである。 |
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